月次の経営会議が第十五営業日に開かれている会社の理由は、たいてい一つに集約される。工場の原価が固まらない。実際の材料費と労務費が確定して、仕掛と製品の評価が決まって、そこから売上原価が出る。この順序に一度も疑いを持たないまま、十年同じ日程で締めている経理部は少なくない。 ただし、この順序は制度が要求しているものではない。原価計算基準は、標準原価で締めることを最初から用法として書いている。

POINT
原価計算基準の四〇は、標準原価を算定する目的として四つを挙げる。原価管理の尺度としての機能、仕掛品・製品等のたな卸資産価額および売上原価の算定、予算とくに見積財務諸表の作成に信頼しうる基礎を提供すること、そして勘定組織の中に組み入れることによる記帳の簡略化と迅速化である。 たな卸資産評価と記帳の迅速化が、目的として並んで書かれている。標準原価で在庫を評価して締めることは、実際原価が間に合わないときの逃げではなく、基準が想定した本来の使い方である。同じ基準の四七は、原価差異の会計処理を定める。実際原価計算制度においては、原価差異は、材料受入価格差異を除き、原則として当年度の売上原価に賦課する。 材料受入価格差異だけは扱いが違い、当年度の材料の払出高と期末在高に配賦し、期末在高については材料の適当な種類群別に配賦する。 予定価格等が不適当なため比較的多額の原価差異が生ずる場合には、個別原価計算なら指図書別または科目別に、総合原価計算なら科目別に、売上原価と期末たな卸資産へ配賦する。そして標準原価計算制度においては、数量差異、作業時間差異、能率差異等であって異常な状態に基づくと認められるものは、これを非原価項目として処理し、 それ以外の差異は実際原価計算制度の処理に準ずる。「当年度の」と書かれている。差異は年度で決着させる建付けの数字である。 年度で決着する数字を毎月確定させようとしているところに、締めが遅れる原因がある。

待っているのは原価ではなく、在庫評価の言い訳である

「原価が固まらないと締められない」という言い方は、二つの別の話を混ぜている。

一つは、在庫の貸借対照表価額をいくらにするか。 もう一つは、その月の採算がどうだったかを経営に説明できるか。 前者は評価の問題で、後者は分析の問題である。実際原価の確定を待っているのは前者のためだが、経営会議が待っているのは後者である。

前者について、待つ必然はない。標準原価で評価し、差異は概算で計上する。月次の在庫評価が標準原価であることは、原価計算基準の四〇が明示的に用途として挙げている。年度の財務諸表では四七に従って差異を売上原価に賦課するか、多額なら期末たな卸資産へ配賦する。月次で厳密に配賦しなければならない理由は、基準のどこにも書かれていない。

後者について、実際原価の確定を待っても答えは出ない。第十五営業日に出てくる実際原価は、その月に何が起きたかを教えるが、なぜ起きたかは差異分析を別途やらないと出てこない。 待った十日は分析に使われていない。集計に使われている。

会社法第432条第1項は「株式会社は、法務省令で定めるところにより、適時に、正確な会計帳簿を作成しなければならない」と定める。適時性は法が求めているが、月次の締め日を法が決めているわけではない。 どこまでの精度で何日に締めるかは、会社が自分で決めている。決めている自覚がないだけである。

概算でよい差異と、困る差異を分ける軸は、金額ではない

概算でよい差異の判断基準は、たいてい金額の大小に流れる。金額でなく、単月の数字が意思決定を誤らせるかどうかで分ける。

購入価格差異は、概算では困る。 これは外部要因で発生する差異で、経営会議が判断すべき論点、すなわち仕入先との交渉、価格転嫁の要否、代替材の検討に直結する。しかも方向が一方向に続く。二か月続けて不利差異が出ているなら、標準が実勢とずれ始めた合図でもある。ここを概算で流すと、判断が一か月遅れる。

作業時間差異と能率差異は、単月の概算で足りる。 段取り替えの回数、稼働の谷、教育中の人員といった要因で月次のブレが大きく、単月の数字から結論を出すこと自体が誤りである。三か月移動で見て初めて傾向が出る。単月で正確に測る努力は、判断に使えない精度を上げているだけになる。

操業度差異は、概算でよいが、扱いに注意が要る。 固定費の未吸収額であって、製品や工程の良し悪しを示していない。稼働が落ちた月は、老朽ラインでも新鋭ラインでも同じように不利差異が出る。これを製品原価へ配賦して単位原価を膨らませると、その月に値上げの判断が出てくる。遊休に伴う操業度差異は、製品に乗せずに期間費用として切り出すほうが、意思決定を誤らせない。

そして原価計算基準は、異常な状態に基づくと認められる数量差異、作業時間差異、能率差異等を、非原価項目として処理すると定めている。 事故、不良の大量発生、災害による停止といった要因による差異は、そもそも製品原価から外す。外すという判断を毎月していない会社では、異常が平常の原価に紛れ込み、翌年の標準がその異常を織り込んだ水準になる。

標準で締めて差異を後から精算する運用は、四つの局面が揃って初めて機能する。
① 標準を置く
直近の実勢に合わせた標準原価と、差異の種類ごとの概算計上ルールを事前に決める。締めの当日に決めない
→
② 標準で締める
仕掛と製品を標準原価で評価し、第三営業日までに売上原価を確定させる。実際原価の集計完了を待たない
↑
標準原価で締める月次サイクル
↓
④ 翌月に精算し、四半期で標準を見直す
概算と確定の差を翌月に振り替える。差異が続く費目は四半期ごとに標準の改訂を検討する
←
③ 差異を概算計上する
購入価格差異は実額に近い見積り、能率・操業度差異は前月実績を基準に概算。異常な状態に基づく差異は製品原価から外す
標準を改訂しない運用は、二年目から差異が膨らみ、概算の前提が崩れる。

概算計上は、引当ではなく洗替で置く

設計として決まっていても、仕訳の置き方を間違えると二年で崩れる。崩れ方は決まっている。

第一に、概算額を引当金の形で置かないことである。 引当金として計上すると、翌月は差額の追加計上または一部取崩しという処理になり、残高の中に何か月前の見積りが残っているのかが誰にも分からなくなる。 使うのは洗替である。翌月の月初に前月計上額を全額戻し、当月の概算を新たに全額計上する。残高は常に当月分だけになる。差額だけを追う運用は、二か月前の誤りをそのまま持ち越す。

第二に、概算額を仕掛品や製品へ配賦しないことである。 原価計算基準の四七は、原価差異を原則として当年度の売上原価に賦課するとしている。月次でわざわざ在庫へ配賦すると、翌月にその配賦を戻す作業が発生し、しかも品番別の配賦計算という重い処理が毎月増える。売上原価の内訳に「原価差異(概算)」の科目を立て、在庫の帳簿価額は標準原価のまま動かさない。 期末に四七の判断、すなわち売上原価へ賦課するか比較的多額として期末たな卸資産へ配賦するかを、そこで一度だけ行う。

第三に、精算の期限を決めることである。 概算と確定の差を翌月の何営業日までに振り替えるかを決めていない会社では、二か月遅れが三か月遅れになり、やがて年度末に一括で処理するようになる。そうなった時点で、この設計は元の実際原価待ちに戻っている。 期限を月次の締めのタスクリストに載せ、担当と期日を書く。

四半期レビューへの備えも、この置き方で決まる。概算の妥当性を問われたとき、示すのは概算ルールそのものではなく、概算額と確定額の乖離の推移である。 乖離が縮んでいれば、ルールが機能していることの説明になる。乖離が拡大しているなら、標準の改訂時期が来ている。

一%という、外から与えられた数値基準

「どこまで概算でよいか」を社内で議論すると、決着しない。全員が保守的な側に寄るからである。外から与えられた数値基準は一つしかない。

法人税基本通達5-3-3は、原価差額が原価計算の基礎となる総製造費用のおおむね1%相当額以内である場合において、法人がその計算を明らかにした明細書を確定申告書に添付したときは、原価差額の調整を行わないことができるとしている。年度の税務の話であって、月次の閾値ではない。ただし、実務で使える外部基準はこれ一つである。

使い方は二段になる。第一に、年度の着地見込みとして、原価差額の総額が総製造費用の1%に収まる水準を目標に置く。収まっていれば、期末の配賦計算そのものが要らなくなる。 収まらない年は、差異が構造的に発生している年であって、標準の側を疑う年でもある。第二に、月次の概算計上の許容幅を、この年度目標から逆算する。年度で1%に収めるなら、月次の概算と確定のずれは、それより十分小さくなければ翌月の振替が暴れる。

注意すべきは、1%を「差異が小さければ問題ない」という意味に読まないことである。 通達が言っているのは、税務上の調整計算を省略できるという手続の話にすぎない。差異が1%に収まっていても、購入価格差異が一方向に積み上がっているなら、それは判断が必要な情報である。手続の免除と、経営情報としての重要性は別の話である。

標準を改訂しない会社では、この設計は二年で壊れる

標準原価で締める運用が破綻するとき、原因はたいてい一つに行き着く。標準が古いことだ。

原価計算基準の四二は、標準原価の改訂について、生産の基本条件ならびに材料価格、賃率等に重大な変化が生じた場合には、現状に即するようにこれを改訂すると定めている。 年一回の改訂という慣行は、基準が求めているものではない。基準が求めているのは、重大な変化に応じた改訂である。

古い標準のまま運用すると、差異が構造的に膨らむ。膨らんだ差異を月次で概算計上すると、概算の誤差も比例して大きくなる。翌月の精算額が毎月数千万円規模で振れ始めた時点で、現場は標準原価の数字を信用しなくなる。 そうなると、経営会議はまた実際原価を待つようになり、締めは元の日程へ戻る。

改訂の判断材料は、差異そのものである。購入価格差異が三か月連続で同じ方向に出ている費目は、価格の水準が動いている。作業時間差異が工程の改善後も戻らない工程は、時間標準が実態と合っていない。差異分析を「原因追及」ではなく「標準の健康診断」として使うと、改訂の判断が機械的にできるようになる。

決めるのは三つ

第一に、月次の在庫評価を標準原価に固定する。 原価計算基準の四〇は、標準原価の目的として、たな卸資産価額および売上原価の算定と、記帳の簡略化・迅速化を挙げている。実際原価の集計完了を締めのクリティカルパスから外し、第三営業日に売上原価を確定させる。年度の財務諸表では、四七に従って差異を当年度の売上原価に賦課し、比較的多額であれば期末たな卸資産へ配賦する。

第二に、差異の種類ごとに概算計上のルールを事前に決める。 購入価格差異は実額に近い見積りを置く。作業時間差異・能率差異・操業度差異は前月実績を基準にした概算でよい。異常な状態に基づくと認められる差異は、基準四七に従って製品原価から外し、非原価項目として処理する。 ルールは締めの当日ではなく、期首に文書で決める。当日に決めると、毎月同じ議論が発生する。

第三に、標準の改訂を、年一回の行事から差異連動の判断に変える。 基準四二は、生産の基本条件ならびに材料価格、賃率等に重大な変化が生じた場合の改訂を求めている。同じ方向の差異が三か月続いた費目を四半期ごとに洗い出し、改訂の要否を判定する。あわせて、年度の原価差額の総額を総製造費用の1%に収める水準を目標として置く。収まっていれば、法人税基本通達5-3-3により明細書の添付で調整計算を省略できる。収まらなければ、標準を疑う年である。

設例

売上高280億円の樹脂成形メーカーで、月次の経営会議が第十六営業日に開かれていた。工場は三拠点、品番は約1,900。実際原価の集計が第十二営業日、そこから在庫評価と売上原価の確定に三日かかるという流れで、経営企画からは毎年「もっと早く」と言われ、経理からは毎年「原価が固まらない」と返していた。着手時に最初にやったのは、原価計算の高速化ではなく、待っている理由の切り分けである。 第十二営業日までの十二日間のうち、実際に原価計算の演算に使われているのは二日で、残りの十日は現場からの実績データの回収と、不明品番の照会に費やされていた。演算を速くしても十日は縮まない。方針を変え、月次の在庫評価を標準原価に固定した。すでに標準原価は年一回改訂して持っていたが、月次決算では使わず、期末の分析用にしか使っていなかったという。設計で最も時間をかけたのが、差異ごとの概算ルールである。 購入価格差異は、購買システムの発注実績と標準単価の差から締め当日に算出できるため、実額に近い見積りを置く形にした。作業時間差異と能率差異は前月実績を基準にした概算、操業度差異は年間の予定操業度から月按分した固定費と実際稼働の差で概算する。そして、異常な状態に基づく差異の判定基準を作った。 単一の事象で500万円を超える不利差異が発生した場合は、その原因が事故・災害・単発の大量不良のいずれかに該当するかを工場長と経理課長が判定し、該当するものは製品原価から外して非原価項目に振り替える。判定は締め当日の朝、十五分の打ち合わせで行う。運用一年目に外した事案は三件で、うち二件は金型の破損による停止、一件は原材料ロット不良による廃棄だった。この三件を製品原価から外したことで、当該品番の単位原価が前年から不自然に跳ねる現象がなくなった。 締めは第十六営業日から第六営業日へ動いた。実際原価の集計は従来どおり第十二営業日に完了し、概算との差を翌月に振り替えている。振替額は運用一年目の月平均が2,400万円、二年目が980万円まで下がった。減った要因の大半は、購入価格差異の概算精度が上がったことではなく、標準の改訂頻度を年一回から四半期ごとの判定に変えたことによる。 樹脂原料の価格が動いた期に、年一回の改訂を待たずに標準単価を差し替えたことで、構造的な差異そのものが小さくなった。年度の原価差額の総額は、一年目が総製造費用比1.8%、二年目が0.7%。二年目からは法人税基本通達5-3-3により、明細書を添付して原価差額の調整を省略している。経理部長の総括はこうである。速くなった理由を聞かれると、標準原価を使うようにしたと答えることになるが、実際に効いたのは、どの差異を製品原価に乗せないかを毎月決める会議を作ったことだった。 十五分の会議が一番効いたと言うと誰も信じない、とも言っている。

※設例。会社、数値は説明のために置いた架空のもので、特定の会社の実績ではない。

まとめ

工場の実際原価を待って月次を締める運用は、制度が求めたものではない。原価計算基準の四〇は標準原価による在庫評価と記帳の迅速化を目的に挙げ、四七は原価差異を当年度で決着させる建付けにしている。月次は標準原価で締め、差異は種類ごとに決めた概算ルールで洗替計上し、翌月に確定額との差を精算すればよい。

購入価格差異は実額に近い見積りを置き、異常な状態に基づく差異は製品原価から外す。同じ方向の差異が三か月続いた費目は、四半期ごとに標準の改訂を判定する。

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