四月の決算体制を決める会議で、残業の話は最後に出てくる。今年も四月と五月は仕方がない、六月から戻す。その前提で工程表が組まれ、実際にそのとおりになる。この会議に一枚も出てこない紙が、期首に労働基準監督署へ届け出た36協定である。 決算の段取りを決めているのは工程表のほうだと全員が思っているが、上限に触れた時点で段取りごと作り直しになる以上、先に決まっているのは協定の側である。
決算の山は「月」ではなく「六か月の窓」で縛られている
残業管理を月単位で見ている限り、この規制の効き方は見えない。効いているのは平均のほうである。
時間外労働と休日労働の合計について、隣接する2か月・3か月・4か月・5か月・6か月のどの平均をとっても、1月当たり80時間以内でなければならない。ある月の残業が許されるかどうかは、その月の実績ではなく、直前の五か月の実績で決まる。 そして厚生労働省の解説は、この計算について踏み込んだ注記を置いている。2〜6か月平均の算定時間には、前年度の36協定の対象期間の時間数も含む。 三月決算の会社が2021年4月について計算するなら、直前の五か月分、すなわち2020年11月から2021年3月までの実績が必要になる、という例まで示されている。
三月決算の会社にとって、これは具体的な制約になる。四月と五月の残業枠は、前年度の十一月から三月の実績によってすでに削られている。 十二月に四半期の対応、二月から三月に期末の準備で山が来ている会社では、四月に使える枠は想定より小さい。逆に、期中の山を平準化しておけば、四月と五月に使える枠は広がる。決算月の残業を決算月に管理しようとするから間に合わない。管理の単位は六か月の窓である。
もうひとつ、休日労働が合算されることの影響が大きい。月次の締めが土日にかかる会社は多い。時間外労働だけを見ていると45時間に収まっているのに、法定休日の出勤を足すと100時間に届く、という形で違反が生まれる。法定休日とは、週に一日の休日を指す。土日休みで日曜を法定休日と定めているなら、土曜の出勤は時間外労働にカウントされ、日曜の出勤が休日労働になる。 締めの日曜出勤を「休日出勤」として時間外労働と別枠で管理している会社は、合算のところで穴が空いている。
年六回は、決算月に配る前に使い切られている
特別条項でもうひとつ効くのが、時間外労働が月45時間を超えることができるのは年六か月が限度という制約である。時間ではなく回数で、しかも離散的である。
三月決算の会社で、月45時間を超えることが確実に見込まれる月を挙げてみる。本決算の四月と五月、第1四半期の七月、第2四半期の十月、第3四半期の一月、そして期末準備の三月。これで六回である。この時点で枠は使い切られている。 実際には、システム更改、監査対応の追加要請、税務調査、子会社の追加取得といった予定外の月がたいてい入る。七回目が発生した時点で、その月は月45時間に収めるしかない。
回数管理を年度累計で持っていない会社では、これが十一月ごろに発覚する。厚生労働省の解説も、上限規制への対応の実務として、月の時間外労働が限度時間を超えた回数の年度の累計回数を把握し、36協定で定めた回数を超えないよう注意することを挙げている。年度累計という言葉が出てくるのは、そこで超過が起きやすいからである。
配り方は先に決まる。六回のうち何回を決算月に割り当て、何回を予定外のために空けておくかを、期首に決めるのが正しい順序である。 六回全部を定例の決算月で埋めた設計は、予定外の一件で破綻する。空けておくべきは一回か二回で、その分、定例の決算月のどれかを月45時間以内に収める工程へ作り替えることになる。枠から工程を逆算するというのは、こういうことである。
「業務の都合上必要な場合」では、決算残業の根拠にならない
見落とされやすいのが、特別条項に何を書いたかである。
限度時間を超えて時間外労働を行わせる必要がある場合、様式第9号の2で届け出ることになり、協定すべき事項として次が並ぶ。臨時的に限度時間を超えて労働させる必要がある場合における1か月の時間外労働+休日労働の合計時間数(100時間未満)、1年の時間外労働時間(720時間以内)、限度時間を超えることができる回数(年6回以内)、限度時間を超えて労働させることができる場合、限度時間を超えて労働させる労働者に対する健康及び福祉を確保するための措置、限度時間を超えた労働に係る割増賃金率、限度時間を超えて労働させる場合における手続。
このうち四番目、「限度時間を超えて労働させることができる場合」について、指針は具体性を求めている。 厚生労働省の解説は、通常予見することのできない業務量の大幅な増加等に伴い臨時的に限度時間を超えて労働させる必要がある場合をできる限り具体的に定めなければならないとしたうえで、「業務の都合上必要な場合」「業務上やむを得ない場合」など恒常的な長時間労働を招くおそれがあるものは認められませんと書いている。
ここに実務上の問題がある。決算業務の集中は「通常予見することのできない業務量の大幅な増加」なのか。 毎年同じ月に同じ理由で発生する以上、予見できないとは言いにくい。だからといって、決算を理由に書かなければ、決算月の限度時間超過は協定の範囲外になる。「決算業務の集中」と具体的に書いたうえで、それが恒常的な長時間労働を招く運用になっていないことを、回数と工程の側で示すしかない。 協定に何と書いてあるかを経理部長が知らない会社は、まずそこを読むところからになる。
「限度時間を超えて労働させる場合における手続」も同様である。労使の協議、通知といった手続を協定に定めた以上、限度時間を超える月には、その都度その手続を実際に踏む必要がある。 事前に一年分をまとめて処理する運用は、協定に書いた手続を履行していないことになる。
管理職に寄せる回避は、労務では効かない
枠が足りないとき、実務でよく起きるのが管理職への付け替えである。課長以上に締めの実作業を寄せれば、上限規制の計算には乗らない。短期的には数字が収まる。
ただし、二つの理由で持たない。第一に、労働安全衛生法の改正により、長時間労働者に対する医師による面接指導の履行確保を図るため、管理監督者やみなし労働時間制が適用される労働者についても、労働時間の状況を労働安全衛生規則に規定する方法で把握しなければならないこととなった。 把握はタイムカードによる記録、PC等の使用時間の記録等の客観的な方法や使用者による現認が原則で、事業者は労働時間の状況の記録を作成し、3年間保存する必要がある。 数字は残る。上限規制の計算に乗らないだけで、見えなくなるわけではない。
第二に、指針第3条である。使用者は、36協定の範囲内であっても労働者に対する安全配慮義務を負う。 厚生労働省の解説は、脳・心臓疾患の認定基準(令和3年9月14日付け基発0914第1号)を引き、1週間当たり40時間を超える労働時間が月45時間を超えて長くなるほど、業務と脳・心臓疾患の発症との関連性が徐々に強まるとされていること、さらに月100時間又は2〜6か月平均で80時間を超える場合には関連性が強いとされていることに留意しなければならないとしている。管理監督者であることは、この関連性を弱めない。
上限規制に触れないかどうかと、安全配慮義務を果たしているかどうかは、別の問いである。 前者だけを見て後者を落とす設計は、健康被害が起きた後に、記録が三年分残っている状態で責任を問われることになる。
健康・福祉確保措置を、決算工程の側から選ぶ
特別条項を締結する以上、限度時間を超えて労働させる労働者に対する健康及び福祉を確保するための措置を協定しなければならない。指針第8条は、次の中から協定することが望ましいとしている。(1) 医師による面接指導、(2) 深夜業(22時〜5時)の回数制限、(3) 終業から始業までの休息時間の確保(勤務間インターバル)、(4) 代償休日・特別な休暇の付与、(5) 健康診断、(6) 連続休暇の取得、(7) 心とからだの相談窓口の設置、(8) 配置転換、(9) 産業医等による助言・指導や保健指導。
多くの会社が(1)と(5)を選ぶ。手続として軽く、既存の制度で足りるからである。ただし、決算工程に効く措置はここではない。 効くのは(2)と(3)である。
深夜業の回数制限は、締めの後半に発生する深夜作業に直接の枠をかける。勤務間インターバルは、終業から翌日の始業までの休息時間を確保する仕組みで、締め日の翌朝の始業時刻を動かす。 どちらも工程の組み方を変えることを強制する。逆に言えば、この二つを選んだ会社は、選んだ時点で工程を作り替えなければならない。面接指導と健康診断を選んだ会社は、工程を一切変えずに協定の要件を満たせる。 そこが分かれ目になる。
割増賃金率も見ておく。指針は、限度時間を超える時間外労働については、25%を超える割増賃金率とするように努めなければならないとしている。努力義務だが、率を上げれば決算期の人件費が上がる。上がった人件費は、翌期の増員要求の根拠になる。 率を法定どおりに据え置いたまま増員を要求している会社は、自分でコストを隠していることになる。
決めるのは三つ
第一に、年六回の特別条項を、期首に配分する。 定例の決算月にいくつ、予定外にいくつを空けておくか。全部を定例で埋めた設計は、想定外の一件で破綻する。割り当てのない月は月45時間に収まる工程へ作り替えることになるので、配分は工程設計と同じ会議で決める。時間外労働と休日労働の合計は、特別条項の有無に関わらず月100時間未満・2〜6か月平均80時間以内であることを、配分の前提として置く。
第二に、残枠の把握を月次の定型作業にする。 見るのは四つで、特別条項の年度累計回数、時間外労働の年度累計時間、時間外労働と休日労働を合算した当月の合計、そして隣接する2〜6か月の平均である。平均の算定には前の協定期間の実績が入るため、期首の五か月分を毎期あらかじめ引き継ぐ。 休日労働を別枠で管理している会社は、合算の様式に直すところから始まる。
第三に、協定の文言を、決算工程の実態に合わせて書き直す。 「限度時間を超えて労働させることができる場合」に決算業務の集中を具体的に書き、「限度時間を超えて労働させる場合における手続」に定めた手続を、超過した月ごとに実際に踏む。健康・福祉確保措置は、面接指導と健康診断で済ませずに、深夜業の回数制限か勤務間インターバルを入れる。工程を変えなくても満たせる措置を選んだ時点で、この協定は決算の残業に対して何もしていない。
管理職への付け替えは、選択肢に入れない。労働時間の状況の把握義務と三年間の記録保存があり、安全配慮義務は36協定の範囲内であっても残る。
売上高410億円の部品メーカーで、経理部は十一名。三月決算で、四月と五月の時間外労働が一人当たり月70時間前後という状態が三年続いていた。四年目の期首に、労務担当の役員から36協定の届出内容を見せられて、経理部長が初めて中身を読んだ。特別条項の「限度時間を超えて労働させることができる場合」の欄には、「業務の都合上必要な場合」とだけ書かれていた。 前任者が十年前に作った文面をそのまま更新し続けていたという。まず着手したのが、残枠の実測である。前年度の実績を、時間外労働と休日労働を合算した形で月別に並べ直したところ、月45時間を超えた月が八回あった。協定で定めた年六回を二回超えていた。 超過分は、十二月の第3四半期対応と、二月の子会社の会計システム更改によるものだった。さらに、隣接する2〜6か月平均を計算し直すと、四月から六月の三か月平均が81.2時間で、80時間を超えていた月があることも判明した。休日労働を時間外労働と別管理にしていたため、それまで誰も合算した数字を見ていなかった。このとき効いたのが、平均の算定に前年度の三月までの実績が入るという点である。 三月の期末準備で55時間、四月が82時間、五月が78時間という並びだと、三月から五月の三か月平均は71.7時間で収まる。しかし三月が72時間だった年は、同じ四月と五月でも平均が77.3時間まで上がる。四月に何時間まで使えるかが、三月の実績で毎年変わっていた。 対応は三段に分けた。第一に、六回の配分を決めた。四月、五月、七月、十月の四回を定例で使い、二回を予定外のために空ける。一月と三月は月45時間に収める前提とし、その二か月について工程を作り替えた。第二に、工程の作り替えでは、三月に集中していた作業のうち、引当金の基礎データ収集、除却予定資産の洗い出し、税効果のスケジューリング表の更新の三本を、十一月と十二月へ移した。移した先が第3四半期対応と重なるため、七月の枠を使って一部を前倒ししている。第三に、健康・福祉確保措置を、それまでの「医師による面接指導」から「終業から始業までの休息時間の確保」へ差し替えた。この差し替えが最も効いた。 インターバルを設定した結果、締め日の深夜作業が翌朝の始業を後ろへずらすことになり、締め日翌日の午前中に予定していたレビュー会議が成立しなくなった。会議を午後へ動かすために、締め日の作業のうち二本を前日へ移すことになり、締め日そのものの負荷が下がった。制度が工程を動かしたのであって、工程を動かそうという意思が先にあったわけではない。 協定の文言も書き直した。「決算業務の集中により、月次決算および年度決算の締切日程を維持できない場合」と具体化し、限度時間を超える月には部長から労働者代表へ書面で通知する手続を定めた。四年目の四月の時間外労働は一人当たり月58時間、五月は51時間。まだ多い。ただし年度を通した特別条項の回数は五回に収まり、隣接する平均も最大で68.4時間だった。経理部長の総括はこうである。三年間、四月と五月は仕方がないと言い続けていたが、仕方がないと言えるだけの根拠が協定のどこにも書かれていなかった。 数字の管理より先に直すべきだったのは、その一枚だった。
※設例。会社、数値は説明のために置いた架空のもので、特定の会社の実績ではない。



