三月に入ると、購買部門への依頼が跳ねる。金額はどれも中途半端で、来期でも困らないものが混じっている。財務が個別に止めにいくと、返ってくる答えはいつも同じである。「今期使わないと、来期の枠を削られる」。 止めた側も、それが事実でないとは言い切れない。予算編成の実務で、前期実績が翌期の出発点になっていないと言える会社は少ないからである。 駆け込み消化は、現場の規律の問題として語られることが多い。だが実際には、配分の側が毎年きちんと作り出している。

POINT
繰越の設計論は、財政の側で条文になっている。財政法第12条は会計年度独立の原則を「各会計年度における経費は、その年度の歳入を以て、これを支弁しなければならない」と定める。 そして第42条は、「繰越明許費の金額を除く外、毎会計年度の歳出予算の経費の金額は、これを翌年度において使用することができない」 としたうえで、但書で 「歳出予算の経費の金額のうち、年度内に支出負担行為をなし避け難い事故のため年度内に支出を終らなかつたもの(当該支出負担行為に係る工事その他の事業の遂行上の必要に基きこれに関連して支出を要する経費の金額を含む。)は、これを翌年度に繰り越して使用することができる」 と定める。原則は禁止であり、例外は二つしかない。 一つが但書の事故繰越で、もう一つが第42条本文が名指ししている繰越明許費である。その繰越明許費を定めるのが第14条の3で、「歳出予算の経費のうち、その性質上又は予算成立後の事由に基き年度内にその支出を終らない見込のあるものについては、予め国会の議決を経て、翌年度に繰り越して使用することができる」 とする。効いているのは「予め」の三文字である。 繰り越せるかどうかは期末に申請して決まるのではなく、予算を組む段階で、どの経費が繰越の対象かを特定して議決を取っておく。 事後の裁量ではなく事前の指定になっている。企業の設計に写すべき骨格は、繰越を認めるか否かではなく、この非対称の形である。

全面禁止と全面容認は、どちらも同じところで壊れる

繰越の議論は、たいてい二択で始まる。認めれば規律が緩む。認めなければ駆け込みが出る。 そして二択のまま結論を出すと、どちらかの副作用を引き受けることになる。

全面禁止の副作用ははっきりしている。使い切りが合理的な行動になる。 事業部長の立場で考えれば当然で、翌期の要求額を守る最も確実な方法は、今期の枠を使い切ったという実績を作ることである。そして使い切りの対象になるのは、止めても業務が止まらないもの、つまり本来は優先度が低いものになる。削るべきものが、最も削られにくい形で執行される。

全面容認の副作用は、時間差で出る。初年度は駆け込みが消えて評価される。問題は二年目以降で、繰り越された枠が積み上がり、当期の予算が当期の意思決定を表さなくなる。 使途が特定されないまま持ち越された金額は、期中に別の目的へ流用される。そして翌々期の編成で「実際に使っているのはいくらか」が誰にも分からなくなる。

二択が壊れるのは、繰越を認めるか否かという軸が、支出の性質を見ていないからである。 同じ「使い残し」でも、工事の遅れで年度内に支払いが終わらなかった投資と、単に要らなかった消耗品費は、まったく別のものである。前者を繰り越さないのは不合理で、後者を繰り越すのは規律の放棄になる。

財政法が採っているのは、原則禁止と事前指定の組み合わせ

国の制度は、この二択に立っていない。原則を禁止で固めたうえで、繰り越せるものを予算編成の段階で名指しする。

財政法第14条の3が繰越の対象として挙げるのは、「その性質上又は予算成立後の事由に基き年度内にその支出を終らない見込のあるもの」 である。性質上、というのが一つ目の要件になっている。 用地の取得や工事のように、契約から完成までの期間が年度をまたぎ得るもの。これは編成の時点で分かる。二つ目が予算成立後の事由で、こちらは編成時には分からない。そして条文は、そのいずれについても「予め国会の議決を経て」と続ける。

もう一つの経路が第42条の但書、いわゆる事故繰越である。要件は「年度内に支出負担行為をなし」かつ「避け難い事故のため年度内に支出を終らなかつた」ことで、二つとも揃わなければならない。 発注まで済ませたが、避けようのない事情で支払いが年度内に終わらなかった、という状況に限定されている。発注していないものは、この経路には乗らない。

この二本立てを企業に写すと、繰越の可否を決める質問が変わる。 「余ったから繰り越したい」ではなく、「この支出は、性質上あるいは事後の事由により年度をまたぐものとして、編成のときに指定していたか」または「年度内に発注まで済んでいるか」になる。 どちらにも当てはまらない使い残しは、繰り越す対象ではない。そして繰り越さないと決めるなら、その代わりに何をしないかを同時に決めなければならない。

この方向は、国の側でも動いている。「経済財政運営と改革の基本方針2026」(令和8年7月21日閣議決定)は、「民間投資を引き出すために政府予算の予見可能性を確保する観点から、財政単年度主義の弊害を是正し、予算の作り方を根本から改める」とし、 「基金や複数年度にわたる予算措置については、長期投資に必要な予見可能性と、柔軟で効率的な資金管理を両立させる観点から見直す」としたうえで、「『予算措置は原則3年以内』とする現行ルールの不適用を含め、令和9年度予算編成に向けて、基金ルールの抜本的な見直しを具体化する」と踏み込んでいる。単年度で切ることの弊害は、企業の側でも同じ形で出ている。

繰越を認めるのは投資性の支出、経常費は「減らさない」で解く

では企業の設計はどうなるか。軸は繰越の可否ではなく、支出の性質である。そして二つの側で、認めるものが違う。

投資性の支出は繰越を認める。 設備投資、システム開発、金型や治具、研究開発のうち特定のテーマに紐づくもの。これらは工期や検収の時期が年度をまたぐことが構造的にあり得る。ただし条件を三つ付ける。 第一に、編成の段階で繰越の可能性がある案件として指定してあること。第二に、期末時点で発注または契約が済んでいること。第三に、繰り越す金額と使途が案件単位で特定されていること。この三つは、財政法の二本立てをそのまま企業の言葉に置き換えたものである。

経常費は繰り越さない。 消耗品費、旅費、会議費、外注費のうち定常的なもの。これらは年度をまたぐ性質を持たないので、繰り越す理屈が立たない。代わりに置くのが、駆け込みの原因を断つルールである。すなわち「使い残しを理由に翌期の配分を減らさない」と明文化する。

この二つが非対称になっていることが、設計の要である。 投資性の支出には繰越という出口を与え、経常費には繰り越さない代わりに罰を与えない。どちらも、期末に使い切る動機を消すという同じ目的に向かっている。 手段が違うのは、支出の性質が違うからである。

同じ「使い残し」でも、支出の性質が違えば処方はまったく別になる。
一律に禁止繰越を認めない
規律の維持 ●●○
駆け込みの抑止 ●○○
翌期編成の精度 ●○○
枠を使い切った実績を作ることが翌期の要求を守る最も確実な手段になる。止めても業務が止まらない支出、つまり優先度の低いものから順に執行される。削るべきものが最も削られにくい形で残る。
一律に容認繰越を全面的に認める
規律の維持 ●○○
駆け込みの抑止 ●●●
翌期編成の精度 ●○○
初年度は駆け込みが消えるが、二年目から繰越残が積み上がる。使途が特定されないまま持ち越された金額が期中に流用され、当期の予算が当期の意思決定を表さなくなる。
性質で割る投資性は繰越、経常費は減らさない
規律の維持 ●●●
駆け込みの抑止 ●●●
翌期編成の精度 ●●●
投資性の支出は、編成時の事前指定・期末時点の発注済み・案件単位の使途特定を条件に繰り越す。経常費は繰り越さない代わりに、使い残しを理由に翌期配分を削らないと明文化する。
繰越の可否を一律に決めるから壊れる。投資性には出口を、経常費には罰を与えないことを、別々に置く。

「削らない」を口約束にしないための、編成側の手当て

経常費について「使い残しても翌期は削らない」と宣言しても、一年で信用されることはない。現場は、前年に何を言われたかではなく、実際に配分がどう動いたかを見ている。 したがって、宣言を編成の手続に落とす必要がある。

やることは二つある。一つ目は、翌期の配分を前期の執行額ではなく、事業の活動量に紐づく指標で置き直すこと。 人員数、拠点数、稼働台数、取引件数。前期にいくら使ったかではなく、来期に何をどれだけやるかから積む。前期実績が出発点である限り、どれだけ言葉を尽くしても使い切りは合理的な行動であり続ける。

二つ目は、使い残した部門の名前と金額を、翌期の編成資料に明示すること。 隠すのではなく、逆である。使い残しが評価される経路を作らなければ、罰しないという宣言だけでは足りない。 使途の見直しで削減した金額を、その部門の実績として編成資料に一行残す。削られる材料ではなく、評価される材料としてそこに置く。

この二つを入れないまま「削りません」とだけ言うと、翌期に一件でも削減の事例が出た時点で、制度は信用を失う。ルールの信用は、宣言ではなく、最初の反例が出たときの処理で決まる。

期末の集中は、そもそも編成の月次配分から始まっている

もう一つ、駆け込みの原因が繰越ルールの外にある場合がある。年間予算を12で割って月次配分としている会社では、期末の集中は制度以前の問題として起きる。

年間予算が均等割りされていると、上期に執行が遅れた分が、そのまま下期の余剰として見える。そして下期に入った時点で、使わなければ余るという状態が数字の上に現れる。 実際には、その事業の活動が季節性を持っていて、下期に使う予定がなかっただけかもしれない。均等割りは、期末の余剰を実態より大きく見せる(年間予算を12で割ると月次の差異分析が機能しない理由と、季節指数での月次配分)。

同じことが、予備費の設計とも接続する。期中の追加要求を制度の外で処理している会社では、繰越の議論を始める前に、そもそも当初予算が期中の実態を表していない(予算の予備費の持ち方、期中の追加要求を個別の稟議にしない三層の設計)。繰越ルールは、当初予算が意思決定を表していることを前提にした仕組みである。前提が崩れている会社が繰越を導入すると、崩れた数字が翌期に持ち越されるだけになる。

設例

売上高620億円の化学メーカーで、経営企画部長が三月の発注データを洗い直した。過去三期の第4四半期に計上された経費のうち、三月単月に集中した金額は年間経費の14パーセントに当たっていた。 均等に配分されるなら8.3パーセントであるから、単月で約1.7倍の山になる。内訳を見ると、金額の大きい順に、外注の調査費、什器と備品、ソフトウェアのライセンス追加、展示会の前払金だった。 特徴的だったのは、このうち調査費と備品の一部が、翌期の四月から六月にかけて同種の発注として再度出ていたことである。同じものを、年度をまたいで二度買っていた。 部門長へのヒアリングでは、想定どおりの答えが返っている。使い残すと翌期の配分交渉で不利になる、というものだった。そこで制度を二つに割った。 投資性の支出については、編成時に「繰越候補」の欄を設け、案件名・金額・完了見込月を記載させた。繰り越せる条件は、この欄に記載があること、期末時点で発注または契約が済んでいること、繰越額と使途が案件単位で特定されていることの三つとした。初年度の繰越候補は21件、金額で4億1千万円が登録され、実際に繰り越されたのは9件、1億3千万円だった。 経常費については繰越を認めない代わりに、翌期の配分方式を変えた。前期執行額を出発点にする方式をやめ、人員数・拠点数・取引件数の三指標から積む方式に切り替えている。そのうえで、編成資料に「前期に使途の見直しで削減した金額」という一行を部門ごとに設けた。 削減額は削る材料ではなく、部門の実績として記載する扱いにした。初年度、五つの部門がこの欄に金額を書き、そのうち二つの部門は翌期の配分が前期実績を上回っている。 二年目の三月単月の経費は、年間経費の10.2パーセントまで下がった。経営企画部長が社内に説明したのは、金額のことではなかった。 同じ調査を二度発注していた事実と、その原因が現場ではなく配分方式の側にあったこと。この二点だけを説明したうえで、こう付け加えている。使い残しを罰しないと決めた以上、来期に一件でもそれを理由に削ったら、この制度は一年で死にます。

※設例。会社、数値は説明のために置いた架空のもので、特定の会社の実績ではない。

繰越ルールで決める三つ

第一に、繰越の可否を一律で決めず、支出の性質で割る。 投資性の支出は繰越を認め、経常費は認めない。投資性の繰越には三つの条件を付ける。編成の段階で繰越候補として指定されていること、期末時点で発注または契約が済んでいること、繰越額と使途が案件単位で特定されていること。 これは財政法の骨格をそのまま企業に写したものである。第14条の3が繰越明許費を「その性質上又は予算成立後の事由に基き年度内にその支出を終らない見込のあるもの」について「予め国会の議決を経て」認め、第42条但書が事故繰越を「年度内に支出負担行為をなし避け難い事故のため年度内に支出を終らなかつたもの」に限定している。事後の申請ではなく、事前の指定である。

第二に、経常費については、繰り越さない代わりに「使い残しを理由に翌期の配分を減らさない」を編成の手続に落とす。 宣言だけでは一年で形骸化する。翌期の配分を前期執行額ではなく人員数・拠点数・取引件数といった活動量の指標から積み直すこと、そして使途の見直しで削減した金額を部門の実績として編成資料に明示することの二つを、同時に入れる。使い残しが評価される経路を作らない限り、使い切りは合理的な行動であり続ける。

第三に、繰越ルールを導入する前に、当初予算が当期の意思決定を表しているかを確認する。 年間予算を12で割った月次配分は、期末の余剰を実態より大きく見せる。期中の追加要求を制度の外で処理している会社では、当初予算そのものが実態から離れている。前提が崩れたまま繰越を入れると、崩れた数字が翌期に持ち越されるだけになる。

まとめ

期末の駆け込み消化は、現場の規律より配分ルールの帰結である。繰越を全面禁止にしても全面容認にしても崩れるのは、どちらも支出の性質を見ていないからだ。財政法が原則禁止と事前指定を組み合わせているように、企業でも投資性の支出と経常費を分けて扱う。

来期の編成で手を入れるのは、次の三か所である。

  1. 編成様式に「繰越候補」の欄を設け、投資性の支出は事前指定・期末時点の発注済み・案件単位の使途特定の三条件で繰り越す
  2. 経常費の配分を、前期執行額ではなく人員数・拠点数・取引件数などの活動量指標から積み直し、使途の見直しで削減した金額を部門の実績として資料に一行残す
  3. 繰越ルールの導入前に、月次配分の均等割りや制度外の追加要求で、当初予算が実態から離れていないかを確かめる

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