期末監査で、貸倒引当金の算定根拠を求められる。担当者が出してくるのは、共有フォルダに置かれた一枚のExcelである。実績率0.3%。数式を追うと、参照している貸倒損失のデータは五期前で止まっている。それ以降、率は毎期そのまま引き継がれてきた。 監査人は「この率で足りている根拠は」と聞き、経理課長は「過去にこの率で問題が起きたことはありません」と答える。この会話が成立してしまう会社では、取引先の与信が悪化しても、決算にはまず映らない。
実績率は過去の平均ではなく、毎期更新される平均である
据え置きが起きる理由は、たいてい悪意ではない。算定式を組んだ人が退職し、残った担当者が数式を理解しないまま前期の値を引き継いだ、というだけである。 ただし、引き継がれているのは数字ではなく、判断の停止である。
実務指針第297項は、算定期間について踏み込んだ説明を置いている。「一般事業会社の営業債権の平均回収期間は数か月程度である場合が多いが、このような場合でも、貸倒損失の過去のデータを算定する算定期間は、最低ラインとして1年とした」。 そして更新の必要性についても明示する。「当期末に保有する債権について適用する貸倒実績率は、任意の算定期間に係るものを使用することは望ましくない。当期を最終年度とする算定期間に係る貸倒実績率を用いるとともに、各算定期間ごとの変動を平準化するために、当該算定期間を含む2~3算定期間に係る貸倒実績率の平均値によることとした」。 平均を取る目的は平準化であって、固定ではない。平準化された率が毎期入れ替わる、という設計である。
もうひとつ、算定の作法そのもので金額が変わる点も押さえておく。実務指針の設例12は、同じデータに対して二つの計算方法を並べている。発生年度ごとの貸倒実績率の平均値による方法では、基準年度ごとの率が1.00%、1.06%、1.14%となり、平均は1.07%。合計残高ごとの貸倒実績率の平均による方法では、1.16%、1.10%、1.31%となり、平均は1.19%である。 引当金の計上額は、前者が76、後者が67になる。実務指針は後者について、ある基準年度の貸倒発生額に翌基準年度に発生した債権に係る貸倒損失額が含まれるため、貸倒実績率が過大に算定されることとなると注記している。同じ会社の同じデータで、率も金額も方法によって変わる。だから「どちらの方法を採っているか」を、算定資料に書いておく必要がある。
「等」の中に、補正が入っている
会計基準第28項(1)は、一般債権について「過去の貸倒実績率等合理的な基準により貸倒見積高を算定する」と書く。この「等」が何かを、実務指針第298項が具体的に列挙している。
「金融商品会計基準第28項(1)における貸倒実績率等の『等』には、過去の貸倒実績率の補正(期末日現在に保有する債権の信用リスクが、会社の債権に影響を与える外部環境等の変化により、過去に有していた債権の信用リスクと著しく異なる場合)、新規業態に進出した場合の同業他社の引当率や経営上用いている合理的な貸倒見積高が含まれる」。
同じ趣旨は第111項にもあり、「期末日現在に保有する債権の信用リスクが、企業の債権に影響を与える外部環境等の変化により、過去に有していた債権の信用リスクと著しく異なる場合には、過去の貸倒実績率を補正することが必要である」 と、必要である、という書き方をしている。望ましいではない。必要である。
これは実務上、重い一文である。原材料価格の高騰、金利上昇、特定業界の需要急落、取引先の資金調達環境の変化。外部環境が動いた期に、過去の実績率をそのまま当てることは、実務指針の側で否定されている。 補正の方向は上向きとは限らない。信用リスクが下がったなら下げる。必要なのは、補正したかどうかではなく、補正の要否を毎期検討した記録が残っているかである。
区分が動く合図は、経理ではなく営業が持っている
貸倒懸念債権の判定は、実務指針第112項が具体的に書いている。「債務の弁済に重大な問題が生じているとは、現に債務の弁済がおおむね1年以上延滞している場合のほか、弁済期間の延長又は弁済の一時棚上げ及び元金又は利息の一部を免除するなど債務者に対し弁済条件の大幅な緩和を行っている場合が含まれる」。
ここを読むと、判定の材料の多くが経理の手元にないことが分かる。延滞日数は年齢調べ表で見える。しかし「弁済期間の延長」に応じたかどうかは、営業が握っている。 相手から「今月は少し待ってほしい」と言われ、営業担当が「分かりました、来月まとめて」と返す。この会話は社内の誰にも共有されないまま、翌月の入金予定表が書き換わるだけで終わる。その時点で、実務指針のいう弁済条件の緩和に当たりうる事象が起きている。
さらに同項は、可能性の側についても定義している。「債務の弁済に重大な問題が生じる可能性が高いとは、業況が低調ないし不安定、又は財務内容に問題があり、過去の経営成績又は経営改善計画の実現可能性を考慮しても債務の一部を条件どおりに弁済できない可能性の高いことをいう」 とし、財務内容に問題があるとは 「現に債務超過である場合のみならず、債務者が有する債権の回収可能性や資産の含み損を考慮すると実質的に債務超過の状態に陥っている状況を含む」 とする。
一方で、一般事業会社に厳密な財務情報の入手を求めていないことも明示されている。第107項は、「債権の計上月(売掛金等の場合)又は弁済期限(貸付金等の場合)からの経過期間に応じて債権区分を行うなどの簡便な方法も認められる」 とする。ただし第296項は釘を刺す。簡便な区分による場合、「上場会社や一定以上の格付を得ている会社は一般債権として、あらかじめ上記の区分の対象から除外しておくなどの考慮を行い、機械的な区分が行われないように留意することが必要である」。 経過期間で機械的に落とすだけの運用は、実務指針の側で否定されている。逆に言えば、経過期間の表に載らない情報、つまり営業が持つ条件緩和の事実を拾う工程を、どこかに置けということである。
貸倒懸念債権に落ちたとき、どちらの方法で測るか
会計基準第28項(2)は二つの方法を示し、「ただし、同一の債権については、債務者の財政状態及び経営成績の状況等が変化しない限り、同一の方法を継続して適用する」 と定める。期ごとに都合のよい方法へ乗り換えることはできない。だから最初の選択が効く。
財務内容評価法は、債権額から担保の処分見込額及び保証による回収見込額を減額し、その残額について債務者の財政状態及び経営成績を考慮して貸倒見積高を算定する方法である。実務指針第114項は、判断すべき要素として 債務者の経営状態、債務超過の程度、延滞の期間、事業活動の状況、銀行等金融機関及び親会社の支援状況、再建計画の実現可能性、今後の収益及び資金繰りの見通し、その他債権回収に関係のある一切の定量的・定性的要因 を挙げる。そのうえで、一般事業会社には資料の入手が困難な場合があるとして、「貸倒懸念債権と初めて認定した期には、担保の処分見込額及び保証による回収見込額を控除した残額の50%を引き当て、次年度以降において、毎期見直す等の簡便法を採用することも考えられる」 とする。この50%は、根拠のない慣行ではなく実務指針に書かれた簡便法である。ただし同項は、個別に重要性の高い貸倒懸念債権については可能な限り資料を入手し、評価時点における回収可能額の最善の見積りを行うことが必要だと続けている。全件を50%で流す運用は、この但し書きを無視している。
キャッシュ・フロー見積法は、性格がまるで違う。実務指針第115項は、契約上の将来キャッシュ・フローが予定どおり入金されないおそれがあるとき、支払条件の緩和が行われていればそれに基づく将来キャッシュ・フローを用い、行われていなければ回収可能性の判断に基づき入金可能な時期と金額を反映した見積りを行ったうえで、「債権の発生当初の約定利子率又は取得当初の実効利子率で割り引く」 とする。見積時点の利率ではない。第299項はその理由を、この処理が債権を時価で評価し直すために行われるのではなく、債権の取得価額のうち当初の見積キャッシュ・フローからの減損額を算定することを目的として行われるからだと説明している。
そして、見落とされやすい副作用がある。第115項は、「将来キャッシュ・フローの見積りは、少なくとも各期末に更新し、貸倒見積高を洗い替える。割引効果の時間の経過による実現分のうち貸倒見積高の減額分は、原則として、受取利息に含めて処理する」 とする。つまり、この方法を選ぶと、時の経過だけで受取利息が立つ。 無利息の売掛金にこの方法を当てると、営業債権から利息収益が発生する損益計算書になる。選択の前に、この見え方を許容できるかを確認しておく。
どちらを選ぶかの指針も、実務指針が置いている。第299項は、「将来キャッシュ・フローを合理的に見積もることが可能であり、かつ、実際の回収が担保処分によるのではなく、債務者の収益を回収原資とする方針である場合は、財務内容評価法よりもキャッシュ・フロー見積法によることが望ましい」 とする。担保を取っていない売掛金で、相手の本業の稼ぎから分割で回収する。この形が、キャッシュ・フロー見積法が想定している姿である。 ただし同項は、合理的に見積もられた将来キャッシュ・フローとは債務者の実現可能性の高い将来の事業計画や収支見通しを裏付けとした客観性のあるものをいい、その見積りのためには会社が担当者を置くなどして債権管理を継続的に行うことが前提となるとも書いている。担当者を置けないなら、この方法は選べない。
税務の法定繰入率を、会計の引当率に持ち込まない
実務でよくある混線が、税務の繰入限度額を会計の見積りに流用することである。
租税特別措置法第57条の9に基づく一括評価金銭債権に係る法定繰入率は、業種ごとに定められている。卸売業及び小売業(飲食店業を含む)が1,000分の10、製造業が1,000分の8、金融業及び保険業が1,000分の3、割賦販売小売業等が1,000分の7、その他の事業が1,000分の6である。 適用できるのは中小法人、公益法人等、協同組合等、人格のない社団等で、過去3年間の所得金額の年平均額が15億円を超える適用除外事業者は対象から外れる。
これは損金算入の限度額を機械的に決めるための率であって、自社の債権の信用リスクを測った率ではない。 業種が同じなら全社同じ率になる、という時点で、会計上の見積りとしては成り立たない。税務の限度額計算と、会計の貸倒実績率の算定は、別の資料として並べて持つ。 両者が一致することはあっても、それは偶然である。
決めるのは三つ
第一に、実績率の算定シートを、毎期更新される形に作り替える。 実務指針第110項は、算定期間を債権の平均回収期間とし、1年を下回る場合は1年とし、当期を最終年度とする算定期間を含むそれ以前の2〜3算定期間に係る貸倒実績率の平均値によるとしている。当期を含める以上、率は毎期動く。 あわせて、発生年度ごとの平均によるのか合計残高ごとの平均によるのかを算定資料に明記する。実務指針の設例12では、同じデータで前者が1.07%、後者が1.19%になり、後者は基準年度の債権に関連のない貸倒損失を分子に含むため過大に算定される。そして第111項がいう補正の要否を、毎期検討して記録に残す。外部環境の変化で信用リスクが過去と著しく異なる場合の補正は、必要であると書かれている。
第二に、債権区分が動く合図を、営業から月次で受け取る工程を作る。 実務指針第112項は、弁済がおおむね1年以上延滞している場合のほか、弁済期間の延長、弁済の一時棚上げ、元金又は利息の一部免除といった弁済条件の大幅な緩和を、貸倒懸念債権の要件に挙げている。このうち経理が自力で把握できるのは延滞だけである。 経過期間による簡便な区分は認められているが、第296項は、上場会社や一定以上の格付を得ている会社をあらかじめ対象から除外するなどの考慮を行い、機械的な区分が行われないよう留意することを求めている。入口を機械化し、その外側の情報を人から取りにいく。この二段にしないと、区分は延滞日数でしか動かない。
第三に、貸倒懸念債権に落ちた債権について、方法を最初に決め、以後は継続適用する。 会計基準第28項(2)ただし書は、債務者の財政状態及び経営成績の状況等が変化しない限り同一の方法を継続して適用するとしている。担保・保証を頼りにするなら財務内容評価法で、初認定の期に残額の50%を引き当てて毎期見直す簡便法が実務指針第114項に示されている。ただし個別に重要性の高いものは最善の見積りが必要である。回収原資が担保処分ではなく債務者の収益であり、将来キャッシュ・フローを合理的に見積もれるなら、第299項はキャッシュ・フロー見積法のほうが望ましいとする。 その場合、割引率は債権の発生当初の約定利子率又は取得当初の実効利子率であり、割引効果の時間の経過による実現分のうち貸倒見積高の減額分は原則として受取利息に含めて処理する。この損益の見え方まで含めて、選択である。



