経理課長が、月次決算も、支払データの作成も、資金繰り表も、銀行との折衝も一人で担っている。監査法人から職務分掌の不備を指摘され、翌期の組織変更で経理課と財務課に分けた。課長は経理課長のまま、財務課長は総務から異動してきた人が兼務で就いた。支払データを作っているのは、依然として経理課の同じ担当者である。 一年後、同じ指摘がもう一度来る。組織図は変わったが、誰が何を承認し、誰が記録し、誰が資産を管理するかは変わっていなかった。
組織図を割っても、統制は効かない
分離が形だけになる会社には、共通の型がある。部を分けたのに、業務の手順が一本のまま残っている型である。
支払を例に取る。支払の工程は、請求書の受領、内容の検証、支払の承認、振込データの作成、銀行への送信、承認(ファームバンキングの二段階承認)、消込の記帳に分かれる。このうち「支払の承認」「振込データの作成と送信」「消込の記帳」の三つが同じ人の手に残っていれば、部をいくつに分けても架空の支払は作れる。 逆に、経理課の中であっても、承認者と作成者と記帳者が別人であれば牽制は効く。
だから、最初にやるべきは組織変更ではなく工程の棚卸しである。 支払、入金、資金移動、借入、そして決算の各工程を、承認・記録・資産の管理の三分類で誰が持っているかを一枚に落とす。この表を作った時点で、多くの会社は組織変更をしなくても直せる箇所を見つける。 三〜五人の少人数でも、置き方次第で相当のところまで効かせられる(少人数経理の職務分掌、3〜5人でどこまで内部統制を効かせられるか)。
もうひとつ、システム側の権限が組織図と一致していないことが多い。会計システムの伝票入力権限、支払データの出力権限、ファームバンキングの承認者登録、銀行の電子証明書の保有者。 組織を変えても、これらの登録を変えなければ実態は変わらない。「誰が持っているか」ではなく「誰のIDで実行できるか」で確認する。
分ける判断は人数ではなく、銀行折衝と調達に専任が要るかどうか
では、どの段階で財務の担当を独立させるのか。判断軸を人数に置くと、いつまでも分けられない。 「経理が五人になったら」という基準には根拠がなく、五人になっても仕事の構成が変わっていなければ分ける意味がない。
見る軸は二つでよい。
第一に、外部資金への依存度である。 借入の本数、借入先の数、返済と借換えの頻度、財務制限条項の有無、そして今後三年で調達の予定があるか。銀行折衝が年に数回の書類提出で済む会社と、複数行と条件を継続的に交渉している会社では、必要な時間がまるで違う。 後者では、決算期に折衝が止まる。決算と折衝が同じ人の上で衝突している会社は、分ける理由がある。
第二に、入出金の件数と複雑さである。 拠点数、外貨建ての取引、グループ内の資金移動、決済手段の種類。入出金の設計そのものに手を入れる必要がある会社は、専任の時間が要る。 グループの資金管理を集中させる話も、ここから出てくる(CMS・キャッシュプーリングの導入判断、効果が出る会社の三条件)。
分けたときに空く隙間は、資金繰り表と月次決算のあいだにある
財務を独立させた会社が、その翌期に遭遇しやすい問題がある。資金繰り表と月次決算の数字が合わないことである。
原因は単純で、二つの表は前提が違う。資金繰り表は入出金の実績と予定で動く。月次決算は発生の事実で動く。 同じ取引が、片方では支払日に、もう片方では検収日に載る。同じ人が両方を作っていたころは、頭の中で差が埋まっていた。分けると、その差が二部門のあいだに落ちる。
具体的に隙間が空くのは次の場所である。
未払計上と支払予定のずれ。 経理は検収基準で未払を計上し、財務は支払サイトで資金を見る。月末の締めで両者を突合しないと、翌月の資金予定が過小になる。
手形・でんさい・ファクタリングの扱い。 決済手段が変わると、資金の出る日と会計上の消滅の日がずれる。どちらの部門が管理台帳を持つかを決めていないと、期日管理が空白になる。
外貨の換算。 財務は実勢レートで資金を見て、経理は社内レートまたは期末レートで記帳する。差額が為替差損益として出るが、その差が「相場の動き」なのか「入力の誤り」なのかを判定できる人が、分けた後にいなくなる。
借入の利息と手数料。 財務が契約し、経理が期間按分で計上する。契約条件の変更が経理に伝わらないと、未払利息の計算が翌期まで誤ったまま残る。
この四つは、どれも「どちらの仕事でもある」場所である。 だから分ける設計では、部の名前を決めるだけでなく、この四つについて誰が原本を持ち、誰にいつ何を渡すかを工程として書く。 書かないと、毎月の照合作業として残る。照合は、分けたことによって新しく生まれた作業である。分ける便益と比較する対象は、この作業量である。
受け渡しを、月次のカレンダーに置く
工程として書くとは、締めのカレンダーに載せることである。「財務から経理へ、当月の資金移動明細と借入残高明細を第1営業日に渡す」「経理から財務へ、翌月の支払予定を第3営業日に渡す」といった粒度で、日付と成果物と担当を決める。
このとき、渡すものは数字そのものではなく原本を指すべきである。 銀行の入出金明細、借入の返済予定表、契約書。加工された表を渡すと、加工の前提が受け手に見えない。 前提が見えない数字は、翌月に誰かが作り直す。
そして、分けた後にも共通で残す仕事をひとつ決めておく。月次の資金と損益の差異を説明する作業である。 当月のキャッシュの増減と当月利益の差を、運転資本の増減、投資、財務活動に分解して説明する。この作業を二部門の共同にすると、隙間が毎月見つかる。 見つかった隙間を工程に書き足していく。分けた設計は、一度で完成しない。
売上高142億円の食品加工会社。国内四工場、経理は六名で、支払・資金繰り・銀行折衝を経理課長が一人で持っていた。借入は五行から合計38億円、うち二本にコベナンツが付いており、四半期ごとに提出書類がある。 課長は決算期になると銀行対応を後回しにせざるを得ず、提出が期限ぎりぎりになることが続いていた。監査法人からの指摘は職務分掌に関するもので、振込データの作成者と承認者が同一人であること、支払の承認と消込の記帳が同じ担当に集まっていることの二点だった。 経理部長は最初、経理課と財務課への分割案を作った。役員会に上げる前に、工程の棚卸しを先にやり直している。 支払・入金・資金移動・借入・決算の各工程を、承認・記録・資産の管理の三分類で誰が持っているかを一枚に落としたところ、組織を変えなくても直せる箇所が四つ見つかった。 振込データの作成を購買事務の担当に移し、ファームバンキングの承認者を経理部長に変更し、電子証明書の保有者を課長から部長に移し、消込の記帳を別の担当に割り当てている。これだけで、監査法人の指摘二点は解消した。組織変更は行っていない。 そのうえで、財務担当を独立させるかどうかを別途検討した。判断材料になったのは人数ではない。五行との条件交渉が年間で延べ二十回を超えており、うち八回が決算期と重なっていたこと、そして翌々期に工場の建替えで25億円規模の調達を予定していたことである。 役員会はこれを根拠に、財務担当課長のポストを新設した。新設にあたって、二部門のあいだの受け渡しを締めのカレンダーに書き込んでいる。 第1営業日に財務から経理へ銀行入出金明細と借入残高明細、第3営業日に経理から財務へ翌月の支払予定、第5営業日に両者で当月の資金と損益の差異を説明する会議。この差異説明の会議で、初月から隙間が見つかった。手形の期日管理台帳を、どちらも持っていなかった。 経理は仕入債務の消滅で見ており、財務は資金の出る日で見ていたため、両者のあいだで期日そのものを管理する台帳が誰の担当にもなっていない。台帳の原本を財務に置き、経理には期日別残高を月次で渡す形に決めている。 半年後、経理部長の総括はこうだった。分けたから統制が効いたのではない。分ける前に工程を書き出したから効いた。組織図を先に作っていたら、同じ人が同じ画面で同じことをしていたと思う。
※設例。会社、数値は説明のために置いた架空のもので、特定の会社の実績ではない。
決めるのは三つ
第一に、組織変更の前に工程を棚卸しする。 支払・入金・資金移動・借入・決算の各工程を、承認・記録・資産の管理の三分類で誰が持っているかを一枚に落とす。実施基準は「取引の承認、取引の記録、資産の管理に関する職責をそれぞれ別の者に担当させることにより、それぞれの担当者間で適切に相互牽制を働かせることが考えられる」としており、分ける軸は部の名前ではなくこの三つである。 そして確認は「誰が持っているか」ではなく「誰のIDで実行できるか」で行う。会計システムの入力権限、支払データの出力権限、ファームバンキングの承認者登録、電子証明書の保有者。組織図を変えても、この登録を変えなければ実態は変わらない。
第二に、分離は人数ではなく、外部資金への依存度と入出金の設計の複雑さで判断する。 借入の本数と借入先の数、返済と借換えの頻度、財務制限条項の有無、今後三年の調達予定。そして拠点数、外貨建て取引、グループ内資金移動、決済手段の種類。決算期に銀行折衝が止まる状態が続いているなら、人数にかかわらず専任を置く根拠がある。 逆に、調達が安定していて件数だけが多い会社は、部を分けるより経理内に資金担当を置いて職責を割り当てるほうが効く。内部統制の基準自体が、整備及び運用に際して費用と便益との比較衡量が求められることを限界として挙げている。
第三に、分けたときに空く隙間を、工程として書く。 資金繰り表は入出金で動き、月次決算は発生の事実で動くため、同じ取引が別の日付で二つの表に載る。隙間が空くのは、未払計上と支払予定のずれ、手形やでんさいの期日管理、外貨の換算差、借入の利息と手数料の四か所である。どれも「どちらの仕事でもある」場所で、原本を誰が持ち、誰にいつ何を渡すかを締めのカレンダーに載せない限り、毎月の照合作業として残る。 渡すものは加工した表ではなく原本を指す。そして、当月の資金の増減と当月利益の差を説明する作業を二部門の共同で残す。 隙間はここで毎月見つかり、見つかるたびに工程へ書き足すことになる。職務分掌には、不正の抑止のほかに、業務が特定の者に一身専属的に属することで組織としての継続的な対応が困難になる問題を克服する効果もある。 ただし、分けても共謀には効かない。内部統制の限界として、判断の誤り、不注意、複数の担当者による共謀によって有効に機能しなくなる場合があることは、基準自身が明記している。
経理と財務を分けて統制が効くかどうかは、承認・記録・資産の管理を誰が持つかで決まる。部の名前は関係がない。組織図を描くのは、支払から決算までの各工程を「誰のIDで実行できるか」で一枚に書き出した後である。
それだけで直る箇所が見つかることは多い。そのうえで専任を置くなら、未払と支払予定、手形・でんさいの期日、外貨換算、借入利息の四か所について、原本の持ち主と渡す日を締めのカレンダーに書き込む。分けても共謀には効かないことは、最初から前提にしておく。



